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アーティスト

Artists

Untitled

ミッシャ・ダチッチ

​ピアノ

Untitled

パーヴェル・ギリロフ

​ピアノ

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ヘンリー・シーグフリードソン

​ピアノ

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伊藤京子

​ピアノ

Untitled

トーマス・クリスチャン

​ヴァイオリン

Untitled

清水高師

​ヴァイオリン

Untitled

チェン・ジュウ

​ヴァイオリン

Untitled

ヴィルモス・ザバティ

​ヴァイオリン

Untitled

ディーマ・トカチェンコ

ヴァイオリン

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マリオ・ホッセン

​ヴァイオリン

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​アンドレイ・ビエロフ

​ヴァイオリン

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​ウラディミール・メンデルスゾーン

​ヴィオラ

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​マリア・ヴィニアスキー

ヴィオラ

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​アヴリ・レヴィタン

​ヴィオラ

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​アレクサンダー・ルーディン

​チェロ/指揮

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アントン・ニクレスク

​チェロ

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​イ・ヨン チル

​指揮

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菅野宏一朗​

​指揮

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​ニュージャパンシンフォニカ

​チェンバーオーケストラ

​若手注目のアーティスト

Young Artists

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フレックス・アンサンブル

​カルテット

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​平塚太一

​指揮

プロフィール
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​コシマ・スーレス・ラリヴィエール

​ヴァイオリン

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​北川千紗

​ヴァイオリン

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​高木凛々子

​ヴァイオリン

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​栗原壱成

​ヴァイオリン

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​味見優

​長唄三味線

プロフィール
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​サミュエル・ギュルヴィッチ

コントラバス

プロフィール

ミッシャ・ダチッチ

Misha Dacic

ミッシャ・ダチッチはユーゴスラビアに生まれてすぐ、ティトーの死去により国は社会主義国家から内乱へと突入。そのため幼少より天才として注目されながら国外に出ることができなかった。11歳で Mladen Jagusht の指揮、ユーゴスラヴィア オーケストラとハイドン コンチェルトニ長調でデビュー。ダチッチは1988,89 ,91年にユーゴスラビアで3つのピアノコンクールに優勝、少年の演奏を聴いたカナダのピアニスト・名教授として知られる Alan Frase をはじめ多くの評論家により ‘ホロヴィッツの再来’‘ホロヴィッツを彷彿’」と評される。92年第一回 ノヴィ サダ 国際ピアノコンクール優勝、イタリアシルヴィオ・ベンガリピアノコンクールに優勝、93、94年青少年ユーゴスラヴィアピアノコンクール優勝するなど数々のコ クールに優勝した後、ダチッチ はコンクールの審査員で、ホロヴィッツのただ一人のライバルといわれたラザール・ベルマンに認められイタリアに留学。 ベルマンは6年間の長きにわたって最晩年の愛弟子としてダチッチを手放すことはなかった。ダチッチはこの間毎週2回 ベルマンの自宅に招かれ演奏した。ベルマン氏の死後アメリカのマイアイピアノ音楽祭でデビューを果たす。その音楽祭でマルタ・アルゲリッチに出会いルガーノ音楽祭に招待される。これを機に、マイアミに渡りマイアミ大学で研修を積みながら国内外の音楽祭、オーケストラと演奏活動をおこなっている。この間に名ヴァイオリニスト イダ・ヘンデルにに認められアメリカやヨーロッパ、イスラエル、日本などで共演。 又ソリストとしてアメリカ、ドイツ、チェコ、イタリア、ルーマニア、イギリス、フランス、 トルコ、ブラジル、パナマ、アルゼンチン、スペインで公演を行う。



アーティスト: ミッシャ・ダチッチ

パーヴェル・ギリロフ

Pavel Gililov

旧ソ連出身。ギリロフは幼い頃から神童ぶりを発揮し、8歳でオーケストラと共演を果たす。
彼の演奏を聴いたドミトリー・カバレフスキーは驚き直ぐにレニングラード・コンセルヴァトワールに入学させた。
1972年全ソビエト・ピアノコンクールに優勝する。
ギリロフの才能は、新聞紙上でポリーニ、アルゲリッチ以来のピアニストといわしめた。
その後、ヴィオッティ国際ピアノコンクールに優勝。
ソリストとして、また世界的に著名なオーケストラとの共演は聴衆に熱狂的な支持を受けている。
今シーズンもヨーロッパの一流オーケストラと共演するほか、
その模様が国営テレビで放映されている。
現在は、ソロとしての活動の傍ら、チェロのミシャ・マイスキーと共演を重ね、1975年よりベルリンピアノカルテットのメンバーとしても活躍している。
教育活動にも熱心でケルン音楽大学教授として後進の指導にも力を傾ぎ、2005年秋からドイツのボンで開催されるベートーヴェン・コンクールの審査委員長も務める。ザルツブルクモーツァルトテウム大学のピアノ教授として後進の指導。2019年はメラーノ音楽祭に参加。またサンクトペテルブルクのマリンスキー劇場においてエルプフィルハーモニーと共演するなどオーケストラとの共演も多い。

ヘンリ・シーグフリードソン

Henri Sigfridsson

1974年フィンランド トゥルクに生まれる。
9歳から地元の音楽院に通い1989年からシベリウス音楽院で学ぶ。
1995年からはケルン音楽大学にてパーヴェル・ギリロフ氏に師事し、
1995年から1997年まではフランツ・リスト音楽院にてラザール・ベルマン氏にも師事する。
1994年フランツ・リスト国際ピアノコンクール優勝。
1995年ノルディックソリストコンクール優勝。
1996年フィンランド文化功労賞受賞。
2005年ボン ベートーヴェン国際コンクール優勝
ウラディミール・アシュケナージ指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団との共演をはじめ、
世界各地の様々なオーケストラと共演している。

伊藤京子

Ito Kyoko

福岡県出身。東京藝術大学付属高等学校から東京芸術大学、フランクフルト音楽大学卒業。
第43回日本音楽コンクール第3位入賞。
10年間の渡欧中、77年ブゾーニ国際コンクール第3位入賞。
レオナード・ホカンソン、ペルルミューテル、マルタ・アルゲリッチ、パウル・バドゥラ=スコダに師事。ショパン協会例会、毎日ゾリステン他、ギフテッド・アーティストシリーズ(音楽之友社、新日鐵主催)では、第1回出演者に選ばれた。
N響(サバリッシュ指揮)、新日本フィル、日本フィル、東京都交響楽団、東京交響楽団、名フィル等との共演をはじめ、1992年故ジュゼッペ・シノーポリ氏によるオーディションに合格し、ソリストとしてシノーポリ指揮・ロンドンフィルハーモニア管弦楽団と共演。
現在、演奏活動の傍ら別府アルゲリッチ音楽祭、音楽監督補佐兼総合プロデューサーとして活動すると共に、1999年~福岡県春日市ふれあい文化センター芸術文化事業コーディネーター、2001年~金刀比羅宮音楽顧問等、音楽プロデュース面でも活躍しており、日本の音楽界に新しい方向を示し注目を浴びている。
教育面でも長年全日本学生音楽コンクール審査員を務めた後、春日市ジュニア音楽コンクールを創設し、川口市ピアノコンクールでは審査委員長を務めている。1995年に北九州市民文化賞、国際ソロプチミスト「女性栄誉賞」、2002年第12回新日鐵音楽賞「特別賞」及び、大分合同新聞文化賞受賞。


清水高師

Takashi Shimizu

6歳で徳永茂氏、9歳で鷲見三郎氏に師事。10歳でN響と共演。17歳でヤッシャ・ハイフェッツに師事。ハイフェッツの助言によりジャック・ティボーの愛弟子ミシェル・オークレールに師事しロシアとフランスの運弓法を学ぶ。フランスで開かれた世界の国際コンクール優勝者を集めたコンクールにおいて最優秀グランプリを受賞。オークレールの助言でティボーの愛弟子イフラ・ニーマンに師事し室内楽を14年間学ぶ。その間ニーマンよりユーディ・メニューインとナタン・ミルシュタインを紹介され師事する。
メニューイン指揮ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団との共演でロンドンデビューを果たす。演奏会は成功し多くのオーケストラからの招待をうけるが娘が胎児の段階で障害者であると3つの大学病院で診断された。その為、所属するマネージメントと音楽院に辞表を提出。今後の演奏活動をすべてキャンセルして演奏家としての活動に終止符を打った。日本に帰国し東京藝術大学で後進の指導をする中、ハイフェッツのアシスタント クレア・ホチキンスの説得を何度も受ける。幸い経過観察の後、娘は正常であると判明、この結果により演奏活動を再開することとなる。
これまでにイギリスを中心にロンドンフィル、ロイヤル・フィル、BBCフィル、ボーンマス・シンフォニー、バーミンガム市響、ロンドンモーツァルト・プレーヤーズ、ハレ管弦楽団、スコティッシュ チェンバー、アルスター管弦楽団、また、ドイツのハーグ レジデンティ・フィル、シュトゥットガルト・フィル他、オーストリア、スペイン、イタリアのオーケストラと共演。東ヨーロッパではロシアの国立ロシア交響楽団他、ルーマニアの国立ジョルジュ・エネスコ・フィル他、ブルガリアの国立ソフィア・フィル他、またポーランド、ウクライナ、トルコ、モルドヴァ、モンテネグロで共演。アジアでは韓国、シンガポール、中国で共演。
昨年はポーランドとオーストリアの音楽祭に招待される。
今シーズンはオーストリア、ルーマニア、ポーランド、オランダの音楽祭に参加する。教育関係では桐朋学園大学、東邦音楽大学の他、シンガポール、韓国、オーストリアで指導予定。また5つの国際コンクール審査を依頼されている。
これまでに海外15ヵ国で指導を行い、18ヵ国の国際コンクール審査員を務める。

アーティスト: 清水高師

トーマス・クリスチャン

Thomas Christian

オーストリア生まれ。7歳よりヴァイオリンを始め、1年後には演奏会出演。11歳でオーストリアのヴァイオリンコンクール優勝 。テオドール・パシュクス(ニューヨーク)とヤーシャ・ハイフェッツ(ロスアンゼルス)に師事。19歳の時にニューヨークのカー ネギーホールでパガニーニの作品演奏でデビュー。これを契機にヴァイオリニストとして本格的な演奏活動に入り、ヨーロッパ 全土、アメリカ、アジアで活躍。ソリストとしてBSOベルリン、バンベルガー交響楽団、ワイマール・シュターツカペレ、読売交 響楽団、大阪フィルハーモニーなど数多くのオーケストラと共演。また、ザルツブルグ音楽祭、ウィーン芸術祭、プラハの春、 ドレスデン・フェスティバル、ボン・ベートーヴェン祭、シュレーヴィック・ホルシュタイン音楽祭、リンツ・ブルックナー祭 、ブレーゲンツ・フェスティバル、シュタイアの秋、イースター・クラング・ウィーン等の音楽祭に出演。1986年からトーマス ・クリスティアン・アンサンブル(元ウィーン弦楽五重奏団)の主宰で、1986年来ヨーロッパを始め、南アフリカや日本などで演 奏活動をしている。西ドイツ放送局、バイエルン放送局等でのテレビ、ラジオ放送を始めSony Classical、カメラータ東京等よ りCDが発売されその活躍は世界をまたにかけ、多方面にわたって行われている。 
上オーストリア州ティリスブルグ城室内音楽祭の音楽監督を12年間、シュタイアーマルク州シュラードミング夏の音楽祭音楽監 督を13年間、2001年より上オーストリア州パイヤバッハの音楽祭の監督を務めている。現在、ウィーン市立コンセルヴァトリウ ム音楽院教授及び1999年よりドイツ国立デトモルド音楽大学の教授。 
[使用楽器:ペトルス・グアネリウス、1725年製。ベルギー女王エリザベス2世の所蔵楽器であった。] 

ヴァレリー・オイストラフ

Valery Oistrakh

祖父にダヴィッド・オイストラフ、父にイゴール・オイストラフを持ち、音楽一家の中で育つ。
モスクワの中央音楽院で父の生徒であったザハール・ブロンに師事。
ヴィニアフスキー国際ヴァイオリンコンクール優勝。
14歳より世界各地に招聘されコンサートを行い好評を得る。
またベルリン・シンフォニー、ロンドン・シンフォニー、バンクーバー・シンフォニー・オーケストラ等と共演。
現在、ブリュッセル音楽院にて教鞭を執る。
演奏活動では、オイストラフ室内楽オーケストラを結成し、ソリストとしてドイツを中心に演奏活動を行なっている。